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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)831号 判決

上告人

小坂松四郎

右訴訟代理人

阿部三琅

被上告人

増田タカこと

小坂タカ

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人阿部三琅の上告理由について

上告人が被上告人に対し、もと横手市新町八番二宅地一四三坪五合(474.38平方メートル)のうち本件土地に相当する土地部分を贈与した旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

ところで、原審の確定したところによれば、上告人の娘である訴外熊谷ミドリ(以下、ミドリという。)が上告人を相手方として申し立てた財産処分禁止請求調停事件において、申立人であるミドリ及び相手方である上告人のほか、利害関係人として被上告人ら二名が参加して調停が成立し、調停調書が作成されたが、同調停調書には、「上告人は、前記八番二の宅地のうち約四五坪(別紙図面記載の被上告人所有部分)を除いた部分及びその他の土地建物を処分しようとするときには、ミドリと約一〇日前に相談のうえでする」旨の調停条項が記載されているところ、このように前記八番二の宅地のうち約四五坪の土地部分(本件土地がこれにあたる。)を被上告人所有部分として除外する旨の記載がされたのは、右調停に際して、上告人と被上告人との間で右土地部分を贈与する旨の合意が成立したためである、というのであるから、同調停調書は、贈与の当事者である上告人及び被上告人の関与のもとに作成された書面において、本件土地の所有権が贈与により被上告人に移転し同人に帰属したことを端的に表示したものとして、民法五五〇条にいう書面にあたるものと解するのが相当である。けだし、同条が書面によらない贈与を取り消しうるものとした趣旨は、贈与者が軽率に贈与を行うことを予防するとともに贈与の意思を明確にし後日紛争が生じることを避けるためであるから、贈与が書面によつてされたものといえるためには、贈与の意思表示自体が書面によつてされたこと、又は、書面が贈与の直接当事者間において作成され、これに贈与その他の類似の文言が記載されていることは、必ずしも必要でなく、当事者の関与又は了解のもとに作成された書面において贈与のあつたことを確実に看取しうる程度の記載がされていれば足りるものと解すべきだからである。

したがつて、原審が本件の贈与は書面によつてされたものでこれを取り消すことは許されないと判断したことは正当であり、その過程に所論の違法はない。

論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、民法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 藤崎萬里 本山亨 戸田弘 中村治朗)

上告代理人阿部三琅の上告理由

控訴審の支持する第一審判決には法令の違背があり、その違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、即ち、第一審判決は秋田家庭裁判所横手支部昭和二九年(家イ)第一二号財産処分禁止請求事件の成立した調停条項中の(別紙図面記載の小坂タカ所有部分)という括弧書きを民法第五五〇条の贈与書面に該るものとし、贈与を認定し、書面による贈与としている(甲第一号証)。

二、しかし、これは明らかに法令の解釈、適用を誤つたものである。

贈与は当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方がこれに対し受諾の意思表示をすることによつて成立するものである(民法五四九条)。

ところが、上告人は本件土地を被上告人に無償で与える意思を表示したことがないのである。

甲第一号証の文言上にも上告人の贈与意思は表示されていない(甲第一号証)。

贈与書面たるためには少くとも自己の財産を相手方に取得させる意思が看取されるだけでは足りず明確に表示されていなければならないのである(大審院大正一五年四月七日判決民集五巻二五一頁、同昭和一六年九月二〇日判決、判決全集八輯三〇号一四頁、最高裁判所昭和二五年一一日一六日判決、民集四巻一一号五六七頁、大審院大正八年五月一六日判決、新聞一五八二号一七頁、同昭和一三年一二月八日判決、民集一七巻二二九九頁)が、甲第一号証には唯単に「別紙図面記載の小坂タカ所有部分」と記載されているだけで上告人の財産を被上告人に取得させる意思など全く表示されていないのである(甲第一号証)。

三、そもそも、甲第一号証と甲第四号証の調停調書の記載内容には疑問があり、その点につき原判決には審理不尽の違法がある。

本件調停は熊谷ミドリが父たる上告人に対し、その財産を勝手に処分されないようにするため為されたもので被上告人は右ミドリの補佐人的立場で出席したものではつきりした利害関係人として出頭したのではなかつた。

従つて、申立外の事項である贈与の話が調停の席上で出る筈もないし、当時本件土地が上告人所有であること及び一筆の土地の一部であることが明らかであるのに、敢えて「約四五坪」とし「小坂タカ所有部分」などと記載するのもおかしいことである。

そのようなあいまいな記載が将来の紛争を呼び起す可能性が大きいことは裁判所及び調停委員に顕著な事実であるから紛争を解決する調書にそんな記載をする筈がないのである。

それに加えて被上告人は何とかして本件土地を入手すべく本件調停の前からいろいろと裏面で画策していた(乙第一ないし五号証、証人泉谷富太郎証人調書)。

しかし、上告人は被上告人の要求を拒み、その意に従わなかつた。

上告人は明治生れの頑固さをもつて自己の家督相続人たる地位を保とうと考えていたので妹に贈与することなど考えてもいなかつたのであるから尚更である。

そこで上告人はその点につき、当時の書記官等を証人として申請したが原裁判所は採用しなかつた。

四、なお、原判決には理由に食い違いのある第一審判決を看過した違法がある。

甲第一号証は約四五坪を小坂タカ所有部分としている(甲第一号証)。

四五坪を平方メートルに換算すると一四八、七六平方メートルとなる。

然るに第一審判決は甲第一号証から右面積より三分一も広い二〇〇、九三平方メートルの贈与を認定している。

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